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手話 講演会
2011-03-30 Wed 00:30


今日は手話に関する講演会。


池上さんの番組に見入ってしまうところ、あえて書きます。
書こうか書くまいか迷った末に書きます。
別にたいしたことじゃないので、単に長くなってしまって申し訳ない・・という気持ちで。


暇と寛大さがあったらお付き合いください。笑












講演会と聞けば可能な限り参加するつもりなので今日もいってきました。



といってもまだ今年は6回目。あまり近場で行われないのが実情です。



実は先日も都内の手話サークルでの講演会の参加を予定していたのだけれど、そちらは地震の影響で中止。

今日のは今年から毎週通い始めた県内のサークルでの講演会。
こちらも開催は危ういだろうと思っていたけど、こうして開催に至りました。



計画停電…というか節電のためなのか公民館は夜間は最近やっていない場所が多いのです。

私が木曜に通うサークルも今月いっぱい休会。別のサークルは4月いっぱい休会らしい。

個人的にはこういう時こそサークルを開催して、情報交換の場を設けるべきだと思うんだけど…

まぁ場所がないからどこかの飲食店で…となるのが現状。









で、




今回は筑波大学付属聾学校教諭兼手話通訳士の久川浩太郎氏を招いての講演会。

久川さんは聴者だけどやっぱり音声+手話は大変ということもあり、手話のみで通訳なしでした。




自分も最近になって手話と同時に声出すことの難しさがなんとなくわかるようになってきました。まぁ違うことを同時にやるのは難しい・・みたいな感じです。



あんまりブログで「みたいな感じ」ばかり連発するのもよくないと思うのだけど。。





通訳あると録音して後で内容の復習ができるメリットはあるけど、どうしても音が耳に入ってきて混乱します。

自分の場合は一点集中型ではないためそういった事態になりやすいのだけど、他の人はどうなんだろ。

個人的な諸事情により、通訳があるとかなり神経がすり減るけれど、通訳なきゃ手話に集中するのみなのでそっちのほうがある意味楽だったりする。



で、今日の読みとりはというと、人前に立つ機会が多い人の手話はだいたいわかりやすいように表現してくれることが多いので、おかげで内容はつかめた!と思う!



さすが先生&通訳&若い…そして理系の顔立ちだけあってパワポもつけてくれたし。



講演は今後数回にわたる予定(先生だけあって、次回は夏休み)のようで、

今回は『ろう学校の先生、手話通訳士になるまで』という内容で、

大学から大学院の期間を中心に、その過程で通訳士をとった経緯とか…


まぁご自身のおおまかな活動履歴をざっと流れで説明して終わりでした。





って、こんな言い方すると『たったそれだけ』みたいだけどそういうわけじゃなくて、何より時間が短かったんですよ。一時間だからね。苦笑

けれどさすが先生&通訳&…だけあって時間内でしっかりまとまってました。













極度のめんどくさがりだけど、今日はできるだけ端折らないように書きます。笑










まずは自己紹介。

と言っても、趣味や家族構成とかではなく(名前すら改めて言わなかった気が)、

出身と出身大学について。


ご出身は群馬の前橋(「前橋」というご当地手話も教わった)で、大学も地元の群馬大学の教育学部理科専攻。




教育学部=先生



という繋がりは見えるけれど、ご自身は最初から教員、ましてやろう学校の先生を目指していたわけではなかったようです。






とりあえず手話に携わる聴者によく浴びせられる質問の一つとして



『手話を始めたきっかけ』



というのがあります。笑




久川さんが手話と出会ったのは大学2年の時の『介護等体験』



これは教員免許取得時の必修単位で、


老人ホーム(五日間)+特別支援学校(二日間)


トータル一週間体験に出るわけです。




で、たまたま聾学校で体験した・・というわけなのだけど、どの程度のたまたま具合なのかは詳しく触れませんでした。

私もたまたま地域の手話サークルの見学にいって手話を始めることになった身なので、同じ理由なきたまたまを感じていたり。実際はわからないけど。笑







聾学校に行くと決まり、じゃあ『聾学校=手話?』と思うわけです。


この時点で彼は手話を全く知らないわけですね。

で、以前親戚のおばさんが手話ができるらしいと聞いたことを思い出し、おばさんに連絡をとります。







親戚のおばさんから手話・・






似たような感じ。笑


自分も身近で手話をやっていると知った最初の人は『親戚のおばさん』だったので。


まぁそれはいいとして・・










手話を教えて!




と夏休みにおばさんを訪ねる久川さん。




そうするとここで聾者に拍手をさせるようなことを叔母さんがいうわけです。











手話はろう者から教わった方がいい。と。








今の自分からすればそりゃもちろん、と思ったりもするのだけど、ここが一つの分かれ道のような気もします。


実際に手話サークルの見学をしてまわっていると、聴者中心で手話を教えている状況をよく見かけたりもするので。



「じゃあ私が教えてあげるわ!」ってタイプのおばさんじゃなくて何より。このおばさん、手話サークルの会長さんだそうで。さすが会長。その人たちの言語はまずはその人たちに教わるのが一番ですから。








んで、

おばさんから手話サークルを紹介されて、いった先のサークルで自己紹介だけしっかりと覚えて翌週聾学校へ向かいました。






そしてそこで悔しい思いをするわけですね。




自己紹介をして伝わりはしたけれど、相手の言ってることがわからない、、っていう。








ここで『悔しい』と思うから後に繋がるんだと思う。


私からすれば悔しかったり、なんだかもやもやしたり、そう思うのが自然なのだけど、みんながみんなそうじゃないんだよね。なぜか。






久川さんはそうして翌週からサークルに通い始めました。







そのあとの活動の幅は見習いたいところです。


ご自身も手話上達のポイントの一つとして、『積極的に行事に参加する』と仰っていましたが、

行事参加はもちろん、サークル役員などをつとめ、手話サークル見学も50か所以上はいったとか。






サークル見学




自分もやってるけど、やっぱりやる人いるんだなぁ。


いるようでいなかったりする。ちなみに自分はまだ十数か所。






そしてこの大学3年の頃から現在に至るまで『ろう児』に関する話がたくさん出てきました。


経歴の途中で『聴覚障害児の交流会設立・運営』というのがありましたね。


この話、以前友人から少し聞いたことがあって、やっぱりその友人は久川さんと一緒に今も活動をしているようです。





そして大学3年生の頃に、先生もいいかも、ろう学校の先生もいいかも、と思い

その後筑波大学大学院へ進むこととなります。


ろう学校の免許が取得できる大学院・専攻科というのは限られていて、
当時は筑波大学の他に横浜国立大学専攻科のみだったそうです。




通訳士になる過程としては、院に進む前に通訳者認定試験に合格し、院の二年生で通訳者の統一試験に合格。
そして先生になったあとに通訳士に合格しています。







そんな合格ばかりで挫折の話が一度も出てこなかった気が。。笑



ちなみにこの方、手話通訳者全国統一試験の模範解答に選ばれています。












話の内容としては「そうなんだ」と初めて感じることより、

「やっぱりそうだよねぇ」と改めて思い知ることが多かった。



例えば自身が手話が上達した理由としてあげていたことの一つが





どんどん手話を見てもらう




ということ。


相手から見てもらって意見をもらったり、客観的な視点は絶対大事。
見られてる意識も大切だと思うし、自分一人でやってたって上達しないのは事実だと思う。

これがすごーく自分に欠けてる点でもあるので「やっぱりなぁ」と実感。



他にも



ろう者の手話を見る

様々な年代・地域のろう者と交流する



というよく聞く話から、



役員などになり、ろう者と一緒に行事を運営する

ろう者と一緒に手話を教えてみる



といった将来性有望な発言も。笑



やっぱり実際にやってる人がいうとより説得力があるしね。







自分もむだにふらふらといろんなとこに顔を出すので、いろんな人の話を聞くけど、だいたいみんな同じことを言ってるもの。

何かを得るために近道なんてないけれど、携わっている人がいうことはやっぱり同じ。





そして久川さんの現在までの過程を聞いて、いかに自分が絞り切れてないがための現在なのかを痛感。




絞りたいけどさ。

もうちょっと好奇心が減ったらバランスがいいのかな。。ただの欲張りか。苦笑










講演の最後の方の話で『聾学校の先生になる(手話と出会う)運命だった?』っていうのがあって、
その理由として、




①介護等体験で聾学校見学

②おばさんが手話サークルの会長

③大学内に聴覚障害学生がいた




・・などなどあげていました。






よく人は『悪いことが重なる』というけれど、
私が思うにそれは自分自身が悪いことを数え上げてまとめているだけだという気がする。人は不幸の数を数えたがるから。


それと似たようなものだなぁと思いつつ、やっぱりそれは自らが引き寄せたものなんじゃないかなとも思える。



向かうべき場所を自然と選んで、帰るべき場所に帰る



きっとそういうもの。

過程が結果を生むのであり、結果が過程を作っているような。







そんなこと言ったら自分も



①たまたま見学にいった公民館のサークルが手話サークル

②社会人になってよく付き合うようになった叔母さんが職場で手話を使っていた

③弟が障害児



・・とかなんとか自分の運命を作り上げられそうだ。笑













久川さんは資格もとり、手話もできるけど、ろう学校で手話ができる先生は少ないそうです。


これを聞くと手話を知らない聴者は「ろう学校なのに手話ができない先生がいるなんて!」と驚くかもしれない。




そういえば私の友人も以前、ろう者が声を出しているのを見て

「聴こえない人って喋るんだね!」

と驚いていたっけ。



手話ゼロから手話の世界に飛び込んだ自分としては、そんな思いこみすらなかったから常に目の前にあるものが当たり前だったけれど、自分が思う以上に世間のイメージは実際とだいぶずれているんだろうなぁ。




私は手話と関わって、


ろう者



聴覚障害者



障害者


と、自然と興味の幅も広がり、相手の住む世界を知りたくなるのが当たり前と感じていたけれど、

先日「手話サークルにくる人は、手話を学びたいんであって、それ以外のところはそこまで興味がない」という話が出た時に、
「ああ、そうか」と自分の当たり前が当たり前でないことを改めて感じた。





相手を知るには相手のいる環境を知るべきだし、その全体、すべてを含めて相手でしょう?


というのが自分の考え。



だからたまたま行ったサークルで、たまたま知り合った人がろう者だとしたら、手話や聴覚障害について知ろうと思うのはごく自然な流れ。

聴覚障害者についての運動をしている人は、やっぱりいろんな障害について話をしてくれるから、そのほかの障害について知りたいと思うのも自然。



もちろんキャパがあるけど、「興味がない」なんてことは絶対にない。


この気持ちがどこからくるものなのかはわからないけれど。弟が障害者だからだとなにかと理由づければそうかもしれないし、そうじゃないかもしれない。



でも別に障害者じゃなくたって、関わる人の関わっているものは知りたい。






そしてそんな手広い感じが自らの首を絞めるわけで。。苦笑










話がそれにそれたけど。。








ろう者の講演もためになるけど、個人的には聴者の講演も好きです。


ろう者の情報保障の問題も大切だと思うけれど、通訳者が抱える問題とか、辛さ、難しさ・・そういったことの方に深くうなづいてしまう。

まぁ手話との出合い方にもよるのかな。私は『ろう者が困っているところを見て、手話を始めました』というコースではないので。








今日もいろんな話を聞くことができたけれど、『手話のうまい人がいない』というのはどこでも同じみたいなので、自分もいち早く上達するようにがんばらなきゃー




と思いつつ、ピアノを練習したり・・



そんなんだから『手話のうまい人がいない』なんて言われるんだろうな。苦笑









プロのサッカー選手を目指す子供はたくさんいるのに、なんでプロの手話通訳士を目指す人は少ないんだろうなぁ・・





世の中経済力なのか・・そうだとすれば通訳もビジネス的に新たな展開が今後必要になるのかしら・・










そんな余計なことを考えつつ、今日も痒みと闘うのでした。








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